ひとり言

ブラウン管の向こう

修子

今日の田口ランディさんのブログを読んで、なんだかすっきりした。

政治経済に疎く、海外旅行もほとんど行ったことない私は、世界情勢なんて「ブラウン管の向こう」という考えでしかなかった。

でも、たまにホントたまにだけど、その「ブラウン管の向こう」を見たくなるときがある。

そういう時ってのは大体が、今の自分に納得ができないとき。納得ができない種類はいろいろだけど、今の自分を払拭したい!って思ってるときなのは間違いない。

ランディさんの言葉「私が望んでいることはひとつ。熱烈に生きたいんだ。」

これだ!って思った。
日々に流され、時間に追われ、何やってるんだろ?って思ってる自分って、「生きたい」もしくは「生きてるんだ」っていう実感がほしいのかも知れない。。。

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追記*2026.5
(過去記事のダブり画像&景品表示法フラグ削除中、、、)

読み直していて、何の話!?となったのだけど、田口ランディさんの当時のアメブロは削除されていて、、、
いろいろ調べていたら、アーカイブが残ってました。感謝!

いつかまた読み直すときがあるかもなので、ひっそりとここに転載させていただきます。

2004年12月02日

宮内勝典さんの文章を転載

久しぶりに宮内勝典さんのホームページに行ったら、この文章がアップされていた。
転載歓迎ということなので、転載させていただきます。

宮内さんは、私より上の世代で、この世代の人は根拠なく世界とコミットしている自信のようなものを感じてしまう。だから私はうらやましく思っていた。
この文章で宮内さんは、若者の疎外感、焦燥感について書かれている。
では、宮内さん本人はどうなのだろう。ご自身もこの離人症的な世界との乖離を感じているんだろうか。
それとも、宮内さんはなんらかの手段、あるいは思想でそれを乗り越えるに至ったのだろうか。
世界60カ国を旅して歩いたのは、リアルを感じるためだったのだろうか。

その結果として、自分の肌が世界に接している、世界の中心に自分が存在していると感じるリアルを手に入れることができたんだろうか。
私が知りたいのは、実はそれだけなんだ。
世界はどうやったら私を抱きしめてくれるのか、私はどうやったら世界の真ん中に立てるのか……。
ただこうして生きていることと、を、根拠なく肯定できるようになるのか。
そうなんだよな、私が望んでいることはひとつ。熱烈に生きたいんだ。

——————————以下、転送・転載歓迎します—————————

                       November 14.2004

   若者の死を悼む

      ——香田証生君の死について思うこと

                宮内勝典 【転送・転載歓迎】
                http://pws.prserv.net/umigame/

 日本人青年がアルカイダ系の武装集団に拘束されたと聞いたとき、なんという軽率さだろうとあきれながらも、複雑な思いがあった。常々、ひとり旅に出ることを若い人たちにすすめているからだ。外部と触れあうことによって、生まれ育った日本や自分を初めて相対化できる。それが精神的な成人式となるはずだ、と私は語りつづけてきた。

 私自身も二十二歳のとき旅に出てから、六十カ国ぐらいを遍歴してきた。四十代になってから、中米先住民たちの独立闘争に関わり、密林の戦場に潜入したこともあった。まだ幼かった息子を妻に託し、熱帯雨林の奥で人知れず腐乱死体となるかもしれないと覚悟しながら。

 香田証生君も、自己責任であるということは自覚していたと思う。「小泉さん、すみませんでした」とつぶやくかれの表情には、首を切断されるかもしれないと覚悟している、悲しいほどの静けさがあった。武装集団の要求に応じて、日本政府が自衛隊を撤退させることはありえないと、かれ自身も知りぬいていたと思う。

 香田君とほとんど同じ歳である私の息子も、昨年、バックパッカーとして旅をつづけていたが「これからフンザ渓谷へ向かう」というメールを送ってきたきり、ぷっつり消息を絶った。フンザ渓谷はいくつもの国境が入りくむパキスタン最北部の山岳地帯である。息子が陸路でアフガニスタンへ入国するつもりでいることを私は直感した。

 幸い息子は無事であったけれど、香田君はついに生きて帰ることができなかった。二人とも、たしかに軽率であった。無謀であった。だが、かれらの動機に切実さがあることを私は疑っていない。

 世界中で一千万を超える人たちが、路上に出て反戦の声をあげたけれど、戦争を止めることはできなかった。日本国民の過半数が反対したにもかかわらず、自衛隊はイラクへ派遣された。かつて客員教授をしていたころの教え子たちも「自分たちが、なに一つ関与できないまま、世界は圧倒的に動いていく」と無力感を洩らしている。

 世界貿易センタービルが燃えあがり、アフガンやイラクに火の雨が降りそそぐ光景を、私たちは情報として受けとめるしかない。世界の中にいながら、リアルな世界から疎外されて、架空の情報空間に封じ込まれている。世界はすりガラスに映る影のように空虚で、若い人たちは自分が生きているという実感をもつことができないまま、離人症的な感覚に陥っている。うつ病もひろがっている。

 少年犯罪やリストカットには、生の実感を取りもどしたいという衝動がひそんでいると思われる。日本の自殺率は世界一だ。自殺者の数は、年間三万人を超えている。これはアフガン空爆やイラク戦争の死者たちよりも遙かに多い。

 香田君や私の息子が危険であることを知っていながらアフガンやイラクへ赴いたのは、リストカットの裏返しのようなもので、自分たちを疎外している世界の実体を見きわめ、ざらりとした現実に触れてみたかったからだろう。状況を突き破って真に生きようという願望でもあったはずだ。
「星条旗に包まれた首は、友人の首、自分の首であったかもしれない」
 と私の教え子たちは口々に語っている。そして、交渉によって救出するということが念頭になかったのか、まっさきに自衛隊の撤退はありえないと宣言した母国の政府に、自分たちは救ってもらえないのだと感じたとも洩らしている。この事件によって若い人たちは二重の意味で世界から締めだされてしまったのだ。そのことだけは理解すべきだと思う。それが、せめてもの鎮魂ではないのか。

                 (共同通信 2004年11月3日記)

【追記】

 イラク戦争の死者数は、これまでNGOの「イラク・ボディカウント」によると、1万人から2万人の間とされてきました。それに基づいて、イラク戦争の死者数を3万人以下とみなして、上記の原稿(若者の死を悼む)を書きました。ところが、その死者数が少なすぎるのではないかという指摘が「非戦」のチームメイトからありました。

 イギリスの医学誌「ランセット」(2004年10月30日)に発表された、新しい調査報告によると、イラク民間人犠牲者数は、最低でも10万人を超えているのではないかと推定されているそうです。

 これは米国ジョンズ・ホプキンス大学、コロンビア大学と、イラクのムスタンシリヤ大学による「米・イラク合同調査団」による学術調査ですから、客観的で、信頼がおけるものであると思われます。この「村落抽出調査」の時点では、まだファルージャなどが含まれていませんから、死者の実数はもっと多いのではないかと思われます。

 くわしく知りたい方は、下記の「イラク戦争被害記録」をご覧ください。

  http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Iraq/lancet04oct.htm

——————————転送・転載歓迎、ここまで——————————   

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ABOUT ME
修子
酒・食、時々、旅・舞台・着物𝓮𝓽𝓬. レジャックの外が見えるエレベーターが子供の頃の遊び場だった管理人が名古屋を中心に綴る日記ブログ。 最近は夫や友人と旅やホテルステイも楽しみつつ、完全同居型二世帯住宅に住む子なし夫婦です。
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